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ナポレオンヒルを読んだ だめ男の日記

だめ男がナポレオンヒルの成功哲学を読みました。成長過程。ニート数年→ホワイト企業に就職。超オナ猿→オナ禁完全習慣化500日以上。大食い→一日一食。もっと減らせるけど周りが許さない。これからの目標。書籍化。不食。運動器具の商品化。信頼することも大事だけど信頼される人になるように自分を成長させていこう。辛いことがあっても環境のせい、誰かのせいにせず、試練と考え自分を成長させていくように。辛いに線が一本入れば幸せに。困難が有っても発想を変え乗り越えれば有難うに。その精神を基礎に自分を磨き感謝の日々を忘れないよう

不食 動物愛護団体系の話し

今ペタもコメントも封鎖してるけど、ペタもコメントも業者からのものが物凄い多い。

中でもよくあるのが、動物愛護団体の毛皮や動物実験反対に対する訴えだ。

久しぶりに動物愛護系の人から絡みが来た。



俺はこの手の団体が嫌いだ。

動物を大事にしようよと訴える彼らをなぜ嫌うのか。

動物実験ではこんな酷いことをされています。

毛皮ではこうです。と彼らは訴える。



うん、確かに残酷ですね。

じゃあ、その残酷な行為をやめましょうと言ってるあなたは、肉は食べないのですか?

肉は食べます。でも、動物実験は動物を使わなくても出来るし、毛皮がなくても人間は生きれます。



そうですね。

でも、肉を食べない人だって沢山いますよ。精進料理を食べる人やベジタリアンの人。

肉を食べるという事はその動物は殺されたって事です。

肉をやめるという選択を選ばず、毛皮や動物実験を許せないのはなぜですか?

どちらも殺されたし、実験と同じように、肉食は避けられるものなのに。

かたや許せない、かたや許せる。その違いはなんでしょうか?

その後、返信なし。



彼らは、慈愛に満ちているが命の優劣を作ってしまってる。

毛皮で失う命は許せないが食肉なら許す。

クジラはダメでブタは良いとか。

その考えって残酷なもののように思う。



俺からすればどちらも大事な命だ。

殺される側からしても、毛皮がNOで肉OKとなるわけがない。

人が生きるという事は何かしらの犠牲の上になりたつ。



製薬会社で犠牲になる動物は、我々の病気を治すための犠牲に。

肉になる動物は我々の食料となる犠牲に。

それだけでなく、人は生きてるだけで生態系を崩し、様々な犠牲を出している。



だからこそ、失われる命に対して感謝を持ち、生き続ける事が大事なように思う。

我々はただ生きてる存在ではなく、他の存在があって生かされてる存在だ。

一人では生きれない。生きてるだけで感謝の念が湧いてくる。



もちろん、実験で動物が必要のないものに変える事が出来るなら、それにするべきだと思う。

でも、動物実験はそれなりの理由があって選ばれている。



変える事で、それを主体とする場所はコストの大幅な上昇を余儀なくされる。

もしくは開発の時間が増えたりする。

それはすなわち、給料が下がったり、新薬を早く手に入れられず犠牲になる人もいる事を意味する。

それをむやみに止めようとする事は、そこで生きる人間に間接的に跳ね返る。



だから、俺は残酷だなあとは思うが、人間のために犠牲になってくれてごめんと思うと共に、有難うとも思っている。

自然や動物の事を考えるなら人間が絶滅するのが一番。

でも、そんな選択肢はあるわけがない。

命に優劣はなく、我々を生かしてくれるために動物は犠牲になってくれてるのだ。



長文になってしまったけど、肉をばくばく食ってる、好きなものはチャーシューメンです。とか言う愛護団体の人はコイツは何を言ってるんだとなるけど


肉をやめましたって人は、頑張ってるなあ、素晴らしいなあと思うので否定する事はない。

これはあくまで俺の考えなので、愛護団体の人にはこれからも頑張って命を救って欲しいと思う。





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