ナポレオンヒルを読んだ だめ男の日記

不細工ニートだめ男が成長を目指すブログ。

修行347日目

簡易版

修行という言葉が申し訳なく感じるほど何もしていない。

不食状態に大きな変化があり、今までわずかと感じていた量でも、食べてしまうと大食いのような感覚になり物凄い疲れる。

だるくなりすぎて動けなくなる。

ちなみに今日はブロッコリー100g バナナ1本 プロテインすりきり4杯をミキサーにかけて液状にしたものを飲んだら、疲れて寝てしまった。

糖尿病になってるのかもしれない。食べると異様にだるい。

それと最近胃液が多いのか、食べないと胃が痛くなる。

今まではそんな事なかったのになあ。胃痛は食べると治るので食べてしまった。

食べる。動けなくなるの繰り返し。

でも、このだるさは以前より感覚が鋭くなってるから起きるものだとも感じるので、更に食事を減らして潜在能力も引き出していきたい。

人間はまだまだ秘めた力があるし、この先に何があるかもわかっている。しかし、それらは秘めた力ではなく、正確には忘れ去られた力であると感じる。

でも、成功哲学を読んだ人が皆成功出来るかというとそうでもないように、やり方を知っていても、それをこなせないと意味がない。

知っていると出来るは違うのだ。

そういった意味で、不食はとてもハードルが高いと思うけど、食に執着がない人ならあっさり達成出来そう。

物凄い心地よくなるし幸福感が凄まじい。この感覚の【流れ】にのるだけでいける気がする。

「食べること、やめました」―1日青汁1杯だけで元気に13年/マキノ出版
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それと、この本の作者も言ってたけど、小食は霊的な目覚めを助ける力があるような気がする。

神を信じていない。宗教嫌いだった俺でも神を感じるようになったので、信心深い人がやれば更に効果あるかも。


夢や仕事の一歩関連

出版社から返事がないので催促してみたがまだ返事がない。失敗してもそのまま続けるように。


今日のだめ男の情報。一日に一人でも日本の危機に気付く人が増えますように。

いつものように、こっちだけは真面目に書きます。

NGワードになるので、ある言葉を○にしてます。○は察して下さい。

戦後教育を受けた我々は、ほぼ例外なくこのような物語を聞いた事があるのではないでしょうか。

「もし戦争になっても、私は戦争反対を訴えるわ。あなたも戦っちゃだめよ」
「悪い事をした日本は、各国に謝らなければいけない。日本が軍事力を持つのは軍国主義の復活。周辺国を占領するに決まってる」
「暴力はいけない。私は暴力しない平和主義者です」

こういう事を言う人は確かに立派に見えますし、かくいう昔の俺もそうでした。

こちらが痛みに耐えれば、争いは終わるのだと…。

でも騙されてはいけません。

このような事を言う人は、9条を守る気はあっても人命を守る気はないのです。

例えば暴力をふるってくる人がいて、彼らはどうするかというと、何もしない。

助けない。いじめも見て見ぬフリで、君が我慢すれば収まるといった教師もいたそう。

教育現場は9条や平和を守ろうと言うけど、悪との戦い方は教えない。

その結果、何をされてもひたすら耐えて声をあげない日本人ができあがってしまった。

元々耐えしのぶ気質のある日本人だが、今と昔は質が違う。

耐える事でしか戦いや自己主張が出来なくなっている。

拉致問題も日本人が我慢すれば収まるからと言い返されたそうだ。

昔の日本人の気質なら、拉致や竹島問題では断固として戦っていたであろう。多くの日本人の命、そして領土が実際に失われてるのだ。

要するに平和主義者は、見て見ぬふりをする傍観者を育て上げてしまっている。

これはやめたほうがいい。間違ってますよ。それを言えば相手が
(争いに向けて)さらなる反応をするかもしれない。

結果として被害は収まる事なく、被害者だけが更に泣きを見る社会が出来上がる。

さらにこういった話しが続く。

「私は黙ってされます」
「もし攻撃されたら、無抵抗のまま痛みに耐えて死んでいきます」

彼らは自国を守ることに関心がない。攻撃されたら死ねばいいと言っている。


このように闘う意志がないのは、平和主義ではなく敗北主義という。

例えば、ある犯罪に巻き込まれた場合、あなたはそのまま被害者になるだろうか。

凶悪で自分だけでなく、家族にも害が及びそうな場合はどうだろうか。

闘う事で自分だけでなく他の人の命も守る事が出来る。

ここで戦わないのは、更なる悲劇を生むだけだ。それを耐えろと言われたらどうだろう。まわりが見てるだけならどうだろう。この話しのおかしさに気付いて貰えるだろうか。

この教えでは、この場面では黙ってされろなのである。

自分の恋人や子供、親族がこのような目にあったらどうだろうか。

守れるものを守らないまま敗北するのは平和主義ではない。平和どころか争いが連鎖していくだけだ。彼らは新たな獲物を探すだけである。

真の平和主義なら、守るべきものを守る力を持ち、有事の時にはそれを発揮する力を保有しつつも、平時は寛大で優しい心を持って過ごすべきだ。

争いは私達の気持ちとは関係なく発生する。それに対する備えを持つのは何も悪い事ではないし、彼らの理論がまかり通るなら警察署もいらなくなる。

ところで、自分達が痛みを受ければ争いが止まるというのは、実はとても日本人らしい発想ではないかと俺的には思う。

豊臣秀吉清水宗治という武将を攻めた時、自ら腹を切れば民は助けると秀吉が言う。

それらなばと清水は腹を切るが、敵ながらあっぱれと言うほど潔い切腹であった。

民のために腹を切る(痛みを引き受ける)のは、この例だけにとどまらない。かくいう昭和天皇も民のために殺される覚悟があった。

天皇に戦争責任はない
http://kanryuudaisuki.ldblog.jp/archives/33852306.html

日本人同士なら痛みを引き受け、争いを止める事が出来るかもしれない。しかし、文化の違う他国との戦争ではそれはなりた
たない

こういった本は、戦後教育のあとに多く作られた。

実は、占領下にある民族を教育しなおすというのは珍しい事ではなく、世界でも、日本の戦国武将も普通にやっていた事である。

新しい領主が素晴らしく、前の領主がいかにダメだったかを教育するのだ。

この地球平和主義教育もまさにソレだ。

とても平和に見えるこの本の内容。それを敵国の思想を持つ人が書いたとしたらどうだろう。

敵側から見れば

我々が攻める時は、日本人は無抵抗のまま○されるべきだ。に化けるのである。



日本人はもっと自国を守る意識が高め、闘う勇気を持たせる教育をしなければならない。

でなければ、いじめられたり侵略された時に、自殺か滅亡するしかなくなるだろう。


今日の記事関係はこちらのほうがよりわかりやすく書いてます。

念仏で戦争を追い払えるか
http://kanryuudaisuki.ldblog.jp/archives/34293740.html


このままでは彼らと同じ道を辿ります。


「魚介類が豊富で、湖にはウナギが群がっていて、カラカの実が鈴なりの島……しかも大勢いる島民は、戦うことを知らず、武器を持っていない」という知らせを、ニュージーランドにむかう途中でチャタム諸島に立ち寄ったオーストラリアのアザラシ漁の舟がもたらし、九〇〇人のマオリ族がチャタム諸島へむかって舟を出したのである。


一八三五年十一月十九日、ニュージーランドの東五〇〇マイル(約八〇〇キロ)のところにあるチャタム諸島に、銃や梶棒、斧で武装したマオリ族五〇〇人が突然、舟で現れた。


十二月五日には、さらに四〇〇人がやってきた。彼らは「モリオリ族はもはやわれわれの奴隷であり、抵抗する者は殺す」と告げながら集落の中を歩きまわった。数のうえで二対一とまさっていたモリオリ族は、抵抗すれば勝てたかもしれない。


しかし彼らは、もめごとはおだやかな方法で解決するという伝統にのっとって会合を開き、抵抗しないことに決め、友好関係と資源の分かち合いを基本とする和平案をマオリ族に対して申し出ることにした。


しかしマオリ族は、モリオリ族がその申し出を伝える前に、大挙して彼らを襲い、数日のうちに数百人を殺し、その多くを食べてしまった。生き残って奴隷にされた者も、数年のうちにマオリ族の気のむくままにほとんどが殺されてしまった。


チャタム諸島で数世紀のあいだつづいたモリオリ族の独立は、一八三五年十二月に暴力的に終わりを告げたのである。 マオリ族の兵士はこう説明する。


「われわれは、自分たちの慣習にしたがって島を征服し、すべての住民を捕まえた。逃げのびた者は一人もいない。逃げた者は捕まえて殺した。残りの者も殺した。それがどうしたというのか。われわれは、自分たちの慣習にしたがって行動したまでである」 ジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄』P77より



ここから話しが少し脱線して、俺のカルト?の話しを。なぜか太陽凝視をするとキリストの事を知る者?ぽい存在と繋がりそうな時がある。

まだ、詳しくは話さないし、この話は信じなくていい。俺は俺のカルトっぽい話しを信じて欲しいとは思わないしだめ男でいい。でも、自分達の可能性や危機は感じ取ってほしいと思う。

ちなみに俺は聖書を読んだ事もなければ、キリストがどんな人かもよくわからない。でも、その時の思考?みたいなのがきたりする。

右の頬をぶたれたら云々って話しがあるけど、あれどうなの?みたく俺が聞く。

こちらが痛みを受ける事で争いが止まるならば、こちらが痛みをひきうけよう。痛みに対し更なる痛みを返せば争いになるだけである。

じゃあ、相手が平手じゃなくて、しに来た場合はどうなんだ。
○されるだけじゃないのか。更に犠牲者が増えるだけだ。

その答えは、

そういった争いをする人間が愚かで悲しいという気持ちが伝わってきたが、答えは可もなく不可もなく、沈黙が来た。

生き死には生存競争である。そこにはもう優劣はないのではないか。仮にどちらかを味方すれば、片方には死ねといい、片方には
○してもいいという考えになる。そんなものは存在しない。

こういった問題を起こす人間は哀れであるが、自衛はなんら咎められるものではないのだと俺は感じたのだった。

さっきも書いたけど俺は宗教に入ってないし、団体にも入ってない人なので、俺の言葉は信じなくていいですよ。上の部分の日本の危機だけわかってもらえれば俺は満足なので。

カルトっぽい内容になったので、今日もコメ閉じますがメッセはいつでもお待ちしています。

危機に気付いた人や納得した人はクリックして頂けると喜びます。

 
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本来なら今頃叶ってるはずの目標
リンク 器具の商品化と運動方法を広める。
家庭でジムの器具に負けないほど多種多様な運動を、安価で出来る方法を考えた。
方法は既に確立しているが、俺がデブで説得力がない。進展なしだが、たまに行くジムに負けないほど高負荷で多様な運動が家庭で安価で出来る。今すぐにでも商品化したい。自分でも動くけど、商品化か特許の話し来い><

不食達成
腹が減らなくなり、目標まであと一歩というか、既に食事はいらないと思える程進歩してると思うが、心と体は違う。
腹が減らなくても、習慣で体が求める。でも、目標達成まで一歩どころか半歩まで来てる気がする。空気と水がまじうまい。
リンク 不食状態メモ

本を出版
太陽凝視をするようになり、神を信じない俺が神のような存在から色々教わるようになった。
しかし、俺はそのメッセージに納得していない。日本は見えざる侵略をされている真っ最中で、滅びの道を歩んでいるのを知らない人が多すぎる。脳内お花畑が多すぎてこのままなら滅亡に向かう。
そんな考えの中、俺が見た神の世界と日本の危機を間接的に小説で伝えた本。日本の危機はどうでもいいと言う人も読める。
メッセージは直接ではなく、わかりにくいほど薄い状態にしてある。でも、そこには大事な事は全部詰め込んである。
現在出版社に見てもらう事すら不可能に近い状態。
20社以上声をかけて見てくれたの3社だけ。1社返事待ち。
電子書籍にはしてあるが、可能なら出版したい。

夕日に照らされて/だめ男
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