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ナポレオンヒルを読んだ だめ男の日記

だめ男がナポレオンヒルの成功哲学を読みました。成長過程。ニート数年→ホワイト企業に就職。超オナ猿→オナ禁完全習慣化500日以上。大食い→一日一食。もっと減らせるけど周りが許さない。これからの目標。書籍化。不食。運動器具の商品化。信頼することも大事だけど信頼される人になるように自分を成長させていこう。辛いことがあっても環境のせい、誰かのせいにせず、試練と考え自分を成長させていくように。辛いに線が一本入れば幸せに。困難が有っても発想を変え乗り越えれば有難うに。その精神を基礎に自分を磨き感謝の日々を忘れないよう

外交官の見た明治維新

有難う日本人

引用許可もらった記事メモとして貼り付け。

朝日新聞、フジテレビにも負けない
岩波書店から、こんな本が出ていたとはビックリでした。


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1862年~1883年に日本に滞在していたイギリスの外交官が、1921年に出版した日本滞在記。 

当時の日本は西欧人にとっておとぎの国だった。 
アーネストは、西欧文化が入ってくる前の最も濃い時代の日本を、十分な人手と金をかけて旅をしている。 
何を話し何を見て何を食べたかという様子が生き生きと書かれていて興味深い。 

当時の会話の様子からして、もし明治維新がうまくいかず激しい内戦になっていたら、イギリスとフランスの植民地になっていただろう。 
これまで欧米では、「天皇は宗教上の皇帝。将軍は俗界の皇帝」と理解していた。 
ところが江戸末期は幕府に諸大名を制御する力がなくなっており、外国から迫られる条約の遵守と朝廷側から催促される攘夷の断行の板挟みとなっていた。 
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P223~ フランスの政策なるものは、日本には承認された元首が必要であり、将軍は一般の目から見て最も強力な政治上の人物であるから、これとフランス人が条約を結んだ以上、将軍をできるだけ強くした方がよいという見解に基づいている。イギリスの政策は、これとは異なる。イギリス人は、条約は日本と締結したもので、特に将軍と締結したものではないという見解をとっている。もし将軍が条約の相手とすると、現在のところ実際上の将軍はまだ存在しないのだから、われわれの条約は中絶の状態にあると見なければならない。しかし、われわれは日本の内政に干渉したくないので、日本人が日本人同士の国内紛争を自ら解決するならば、それで何も言うことはないのだと。 
「だが」と隠居は言った。「もし内乱が長く続くようなら、貴国の貿易は損害を被ることになるから、貴国としても、貴国自身のために、内乱が早く治まるようにせねばならんでしょう」 
「いや」と私は答えた。「われわれが内乱に干渉して、どちらか一方に味方することになれば、事態はさらに十倍も紛糾するでしょうし、外国貿易は何もかもおしまいになるでしょう」 
それから隠居は、自分の考えでは、日本を天皇を元首とする連邦国にした方がよいと思うし、これには薩摩も長州も同意していると言った。そこで私は、それは難しいことだが、しかしそれ以外には何らの方法もないと考える。そして、私はその趣旨の論文を横浜の一新聞に発表したことがあると言った。 
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…イギリス人が、長州人や薩摩人を好きになっていく過程が面白い。 
自分達を打ち払おうと攻撃してきた相手なのに!一方、弱くてペコペコしている幕府を軽蔑している。 
外交の上では「毅然とした態度で跳ね返す」ということがいかに大事か教えてくれるエピソードである。 

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158p~ 
われわれは長州人が好きになっていたのだ。また長州人を尊敬する念も起こってきていたが、大君の家臣たちは弱い上に、行為に表裏があるので、われわれの心に嫌悪の情が起きはじめていたのだ。 
(略)このように長州人に至って親切にしてくれるので、彼らに友誼を強いるためとは言え、あのように互いに撃ち合ったことを大いに遺憾とせずにはいられなかった。そして薩摩人にせよ、長州人にせよ、われわれの行為に対して何ら恨みをいだく様子もなく、そのころから引き続いて生じた擾乱と革命の幾年月の間、常に、われわれの最も親しい盟友であったという事実は、少なからず注目に値する。 
184p~ 
わずかのヨーロッパ人に、かくもたわいなく嚇しつけられた意気地のない日本の役人たちに、私は侮蔑の感をいだきはじめた。 
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一外交官の見た明治維新〈上〉 (岩波文庫)/岩波書店
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動画簡略説明

岩波は慰安婦捏造記事やめろゴルアアアアヽ(`Д´)ノ

俺コメント

人類愛、共生論、死刑反対本多数。なんと平和な出版社でしょう!←察しポイント




日本乗っ取り計画


第一段階 「 工作員を送り込み、政府上層部の掌握と洗脳 」

第二段階 「 宣伝。メディアの掌握。大衆の扇動。無意識の誘導 」

第三段階 「 教育の掌握。国家意識の破壊 」

第四段階 「 抵抗意識の破壊。平和や人類愛をプロパガンダとして利用 」
←察し

第五段階 「 教育やメディアを利用して、自分で考える力を奪う 」
←察し

最終段階 「 国民が無抵抗で腑抜けになった時、大量移住で侵略完了 」 イマココ もうちょっとで完成。






移民に乗っ取られたスウェーデンから。犯罪だらけになり、ついに元いた人達の言論の自由がなくりお手上げ状態。寛大すぎたことで逆にカオスを呼び込んでしまった結果。お花畑の行き着く先はこれですよ!






岩波はこういった素晴らしい本が多数出ておりますm(_ _)m上の状況は日本では起きないと言ってるんですかね。

東アジア共同体―経済統合のゆくえと日本 (岩波新書)/岩波書店
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この先生もまた「日本が身を正せば隣国と仲良くでき世界は平和になる」という妄想に取り憑かれている。 

キレイ事が多い。「日中には尖閣諸島の対立や、歴史認識の違いがある。こんなことでは共同体なんてできっこないぞ。

友好、連携が大事。政治家にリーダーシップを発揮してもらいたい」「不毛は覇権争いなんてしてる場合じゃない。相互に協力すれば新世界秩序を作れる」と希望的観測をのべている。 

さらにこう続く。 
「日本は歴史への反省が足りない。靖国参拝するな。中国や韓国の歴史観を受け入れろ。反日は日本の対応が悪いから。日本人は閉鎖的で差別意識と優越意識が強い。アジア蔑視するな。移民や中国人留学生を受け入れやすくして親日家を育てよ。日本の経済力と技術力で中国や韓国を助けろ。そうすれば信頼関係が作れる。協力や譲り合いが大事だ。 

東アジア共同体への流れは止められない時代の趨勢である。共同体意識を高めれば東アジア共同体は実現できる。フランス人とドイツ人は全然違うが、中国人と日本人は国民性や思考方法が似ている。

二千年の交流があるので同じ価値観を共有している。全然違うフランスとドイツがEUになれたんだから、日本と中国だって努力すればできるはず。」 



…このように著者の考えは「地域統合は時代の趨勢」「日中は共通の価値観がある」という間違った認識があり、その上で「努力すればうまくいく」と楽観的すぎるのだ。 

「実現のために苦労は多いかもしれないけれど、友好は善だし、地域統合は善だから、苦労しがいあるでしょ」というわけだ。 

果たして本当に「地域統合は時代の流れ」か?地域統合は本当に良いことなのか? 

「クラスのみんなで仲良く協力しあうのは当たり前でしょ?」とは訳が違うんですよ? 

日本は戦前に似た発想で失敗したことがある。 

大東亜共栄圏とか五族協和だとか言って、大陸や半島に大金を注ぎ込んで開発したが、何も得たものがなかった。 通化事件だの通州事件の惨劇だの大規模な日本人虐殺だって起きた。 

それなのに、再び東アジア共同体だとか戦前と同じ失敗を繰り返そうとするのはバカ。 

結局は中華圏の支配下に置かれるだけで、仲良く共栄共存というわけにはいかない。 

ご近所で儒教圏で同じ漢字を使用し歴史や文化的にも深いつながりがある?もうそんな「同じアジア人」という幻想はもうやめるべき。 

チャイナやコリアンとは、見た目は同じでも日本人とは中身が全然違う。 

中国人の中華思想や韓国人の民族意識は、日本人が想像するよりずっと強烈。 

北京の人間は上海の人間を下に見る、上海の人間は香港の人間を下に見る、香港の人間は福建の人間を蔑視する…。 

この著者は日本がアジア蔑視していると責めているが、チャイナだって同じなのだ。

同じ中国人同士でさえ中華思想でランク付けされている。化外の地である日本や朝鮮半島東南アジア各国の人間なんて、中国人からすれば所詮は蛮族でしかない。 


日本人みたいに「友好が大事」なんてきれい事を言うから舐められ騙される。 

日本人がいくら異なる国の人々に、関心を持ち理解をして受け入れようとしても、 相手は一方的に己の価値観を押し付けてくる。 

現実の価値観は、違いだけではなく力の差もある。 そして力のある価値観が弱い価値観を淘汰する。 

人種の文化の違いは超えることができない。 それなりの垣根が必要。 

それぞれの価値観や違いを認めあって共存、共栄するためには、ある程度の距離を置く必要がある。 

そのために国境は欠かせない。東アジア共同体なんてトンデモナイ。 


中国にとって友好とは目的のための「手段」でしかない。 なのに日本は友好を「目的」にしている。だからおかしな事になる。 

評論家の石平さんが「日中友好」をこう表現していた。
 

「乱暴者の貪欲男と痴情の深い貢ぐ女との怪しげな「恋愛関係」を表現する言葉。 

中国のとっての「友好」の意味はすなわち、日本から取れるだけのものを取っておきながら、なおさら日本のことを思う存分苛めてやることであるが、日本にとっての「友好」はすなわち、中国に絞られるだけ絞られて叩かれるだけ叩かれながら、なおさら愛情一杯、中国に奉仕していくことである。※まさに現状をよく表す言葉であります。

1972年に日中国交が回復して「日中友好」のスローガンが叫ばれ始めて以来、すでに36年間の歳月が経っている。その間いわば「友好関係」から計りきれないほどの利益を獲得したのは、もちろん中国のほうである… 」 

むしろ、そんなヤクザ国家と現実にどうやってつきあっていくのかを考える方が役に立つ。 

具体的に言うと 「現金取っ払いで長期の投資などしない」
 「自己主張を強く」 「でも草の根交流は続ける」など。 

東アジア共同体などという深いつきあいは避け、適度な距離でつきあっていくことが大事だ。



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相手が友好を「悪用しようと決意」していれば、それはただの搾取になるのを日本人は知らず、こちらの努力が足りないからと勘違いし、身を削りながら美辞麗句に終始する。


彼らの思考には敵がいないので備えもない。甘やかせば相手が味をしめて、こちらが痛い思いをするだけになるのを知らない。


その痛みすら改善のため、友好のためと思って耐えるのが平和と勘違いしているのである。



これとかなり似てる状況ではないでしょうか。

大阪の市立学校の約4割の先生が、生徒からの挑発を体験←クリック



友好を結びたくなる人とするのが友好であって、縁を切りたいほど横暴な人と友好をしようとすれば危険と紙一重になるのは当然なのに、理解されませんm(_ _)m