ナポレオンヒルを読んだ だめ男の日記

不細工ニートだめ男が成長を目指すブログ。

不食や不思議関係

あらゆる悩みは自己解決できると思ってるのですが、不食に関してはどうも人によって感覚が全く違くなるようで、同じ道をたどるわけではないみたい。


で、俺の場合は、不食の悩みどころは色々ありますが、一番の悩みどころは


好調すぎて辛い。


これは本当に人生で経験したことがない感覚です。

デコに目がある感覚になります。

何回も書いてますが五感がするどくなります。

いつも目の前に光が見える様になる。

目を閉じても光に包まれる感覚になる。




腹減ってるほうがまだ耐えられます。



今までどうやってごまかそうか、耐えようかと思ってたが、酒を飲んだらいい感じ。ちなみに酒も毒だと感じるが、この冴えに耐えるよりは全然いい。これからは夜には酒飲むかも。





ちなみに俺デブですが、食べないとお肌ツルツルになるし、体調良くなるし良いことだらけなのだが、その感覚が耐えられない。


耐えられる波動?周波数?みたいなところに合わせると、これまた神聖すぎて耐えられない。


ああ、大食いが趣味だったのだが、食いたいものがない。



肉は家で飼ってる犬が殺され、ミンチになったものとなんら変わらないものに見える。



勝手にそうなる。



肉は種類を問わず、犬も豚も牛も、「殺された結果、破片が並んでるもの」に見える。あと何回も書いてるけど、この感覚になると日本の危機とかどうでもよくなる。


みなさん頑張って下さい。これは学びです。で終わり。


でも、そうも言ってられないので、とりあえず身近なことを書く。



日本の平和主義は、平和主義に見せかけた悪が栄え、善が痛みを食らうのが正しいという教えになっている「悪しき教え」なのに、それを言っても誰も聞いてくれない。



慈善は身近からというが、身近な人がただの一人も覚醒しない。聞いてもふ~んか絶縁されて終わる。危機を訴えることはお花畑には悪口に聞こえる。




危機に対して鈍感なだけでなく、戦えないように何年もかけて日本人は洗脳されてきた。それは容易に溶けるものではない。




それを先導してきたのは間違いなく教師達。



善意の元で動く「結果的な悪意」に繋がる行動は、折れない、説得できない、改心できない。




どういう意味かというと、例えばこの世のあらゆる宗教やテロでさえも、根本にあるのは「愛」なのである。



この行動が正しいと思っている。これが良い結果に繋がると思っている。だから彼らは心をそう簡単に変えない。



この人、この国、この団体のために必要だと思ってるから動いている。日本の平和主義者もこれが平和に繋がるとかたくなに思ってるので簡単に説得には応じない。



教師も愛をもって自虐史観を教え、国を守るなと言っている。本気でこれが平和に繋がると思っている。これを説得するのは容易ではないし、洗脳された生徒を説得するのも容易ではない。





相手が完全な善意で「その思想のおかしさ」に気付かずこちらにぶつけてきた場合は、説得不可なだけでなく、争いにも容易に発展する。




善意で敵の味方をする仕組みを作ったGHQは敵ながらあっぱれと思ってしまう。これは本当に良くできている。きれいな言葉しか使わない。だから疑われない。容易に洗脳できる。





そしていったん洗脳が完了状態になれば、これ以上ない敵の味方になり、それを「平和のため」だと思って行うのである。





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