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ナポレオンヒルを読んだ だめ男の日記

だめ男がナポレオンヒルの成功哲学を読みました。成長過程。ニート数年→ホワイト企業に就職。超オナ猿→オナ禁完全習慣化500日以上。大食い→一日一食。もっと減らせるけど周りが許さない。これからの目標。書籍化。不食。運動器具の商品化。信頼することも大事だけど信頼される人になるように自分を成長させていこう。辛いことがあっても環境のせい、誰かのせいにせず、試練と考え自分を成長させていくように。辛いに線が一本入れば幸せに。困難が有っても発想を変え乗り越えれば有難うに。その精神を基礎に自分を磨き感謝の日々を忘れないよう

追記)天皇は税金の無駄使いのお飾りなのか

理由は極めて多面的であり、理論で説明できるものではないのですが歴史的に見ると皇室には国民の絶大なる関心を惹きつける心理的な力がある。 

これは現在だけではなく江戸時代や戦国時代に置いても変わる事がありません。 

理由を要素で語れば「天皇不親政の原則」、つまり天皇が直接政治を執らない事を原則にしてきた事があげられるのでは無いでしょうか。 

権威と権力を分割し「君臨すれども統治せず」という原則が明治期に入って大日本帝国憲法が制定されても変化はありませんでした。 

そして日本国憲法制定以降もそれは変わる事はありません。 

皇室が無くなるという事は、この横に途切れる事無い帯に縦線が入ってしまうかも知れないという事です。 

他の国の多くは統治者が変ると共に、これまでのすべての文化を破壊し新しい国を造ってきました。


文化建物だけでなくそこに住む人間さえも殺してしまうと言う、殲滅状態です。 


皇室は日本の叡智です。 

≪権威と権力を分割し「君臨すれども統治せず」≫ 

故に歴史上統治者が変っても、日本は何も変わる事無く日本であり続けた。 

だから2千余年途切れることなく文化・伝統が受け継がれた。 

世間では「先の戦争の戦争責任は天皇にある」、また天皇陛下があたかも軍国主義の象徴のように言う者がおりますが日本の歴史と皇室に関する知識を持っていれば、それらが虚言である事は容易く理解出来ます。 


せめて、この認識だけでも日本人として持って欲しいと思うのです。 


では「統治しない天皇」とはどのような存在なのでしょう。
 

それは天皇は「祈る存在」であられるという事です。 


天皇は国民一人ひとりの幸せを祈る存在であり、それこそが本当の天皇の姿なのです。 


天皇の伝統的な仕事として、神道の長として日本の神々に日本の安寧を祈ることがまず挙げられます。 


これは神話の時代から2665年、確認できるだけでも1400年も受け継がれてきました。 


天皇は、日本のために存在している、日本の最も古い伝統と言えるでしょう。 

伝統とは何かと考えたときに、古くから連綿と継続したもので、それに多くの人が価値があると感じたとき、それが伝統である、と思います。 


伝統に科学的な根拠なんてものは必要ありません。


世界最古の木造建築物である法隆寺は科学的に見れば、ただ木でできた古い建造物なだけです。


しかし多くの人が伝統を感じている現実があります。 



天皇の伝統の根幹を成すものは、万世一系で継承してきたという歴史なのです。 


万世一系をやめるというのは、伝統も何もない、法律上の日本の象徴を作るということに他なりません。 



天皇廃止とは、法隆寺に例えれば燃やして捨ててしまうことでしょうし、両系(女系)天皇容認というのは、法隆寺を鉄筋コンクリートに作り変えることでしょう。 



果たしてそんなものに伝統という価値が感じられるのでしょうか? 

天皇は万世一系(男系)だけで皇位を継承してきました。 


押しも押されぬ世界最古の王朝なのです。 

また日本は人口を考えると世界最大の王国でもあります。 


どんなに経済的に豊かな大国であろうと、またお金をいくら積もうとも決して手に入れる事が出来ないものが一つだけあります。 


それは二千年以上も続く皇室と、脈々と途絶える事の無い国家の歴史とその事による絶対的な信用(ブランド)です。 


その天皇を頂として日本人として日本に生きる事が誇らしく思えます。 


そして二千年以上も続く皇室と一度たりとも滅びることなく国家を守り続けてきた先人を誇りに思います。 


そして何よりも天皇陛下は日々「あなた」の「わたし」の幸せを祈りつづけて下さっている事に感謝せずにはいられません。 



さて先日1月3日に「たけしの“教科書に載らない”日本人の謎」という番組が放送されたそうです。


残念な事に見逃してしまいました。 


元日、天皇陛下が朝4時からたった一人で執り行う宮中祭祀の中でも最も重要な祭祀の一つ「四方拝」について紹介されたようです。 


歴代天皇だけが執り行い、未だかつて誰も目にしたことがない。 


四方拝とは豊作を願う祭祀で、飛鳥時代に始まり平安時代に正月の祭祀として定着し、現在まで続けられています。 

「たけしの“教科書に載らない”日本人の謎」 
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid605.html 
こちらで番組書き起こしがあります、是非ご覧下さい。 



皇室の紀元でもある神々をお祀りした「伊勢神宮」に『ビートたけし生まれて初めての伊勢参り』と題しその模様を放送しました。 


イスラム教徒が伊勢神宮をお参りし「我々が思い描く神の国がここにあった」と言ったそうです。 



たけしさんも  
「普通は『お参りしよう』と思うが、あそこの前に立たされると、お願い事をしてる場合じゃないの。忘れちゃうの、もう。ただ唖然として立ってるだけなの。何か自分がこう一部の、宇宙とかそういう全ての中に、よくぞここに立たせていただきましたぐらいの感謝しかなくて、図々しく仕事うまくやらせて下さいなんていうような、そんな頭はなくなってしまうの。圧倒的に、確かにその、宇宙とかさ、もし神というものが、仕切る人がいるとしたら、あそこの前に立たされたとしたらそんな状態になるんだっていう。これ番組見たら、みんな行くよ、神宮」 




「最近ね、日本人はね、知識とか文化的とか目覚めてきた。片っ方でね、あまりにも荒れた文化がある時にね、もうちょっと知的な世界のこと考えようよと。やっぱり日本に生まれたこと、また、日本にある神宮とか、それがどういうつながりで人間は生きていくのかと。もっと大きくなる。目先のことではなくて、自然とも関わって、生まれて死んでいくこと自体がいかに素晴らしいかということだと思うんです」 



と感想を述べています。 



どうか天皇陛下に心を馳せまっさらな気持ちでご覧下さい。 


日本人に生まれた事をきっと誇りに思います。 





日本書紀』は日本の正史とされています。 


日本の神代の時代から書かれおり、初代天皇神武天皇が即位した日であるヤマト王権の成立、すなわち日本建国の日。 



神武天皇以降は、ヤマト王権が拡大し、九州から関東にかけての広い地域を統治する大和朝廷に発展していく過程の歴代天皇の話が綴られています。 


記紀を知るということは、天皇の起源を知ること、そして我が国の起源を知る事になります。 


反日カルトのそれは「日本書紀」「古事記」の否定から皇室否定を目論見ます。 


たけしの番組にもゲストで出演していた竹田恒泰さんの講演で深くその事について語っておられました。 


例えばキリスト教中心で社会が成り立っている欧米諸国で「マリアの処女懐胎は非科学的であって史実ではない」と愚かな主張をするようなもので高名な科学者、物理学者、生物学者ですら進化論肯定に旧約聖書は間違えだなどと言いません。 



実はこの事は以前からとても不思議に思っていましたが、ようやく理解が出来ました。 



聖書学では『聖書』は史実を記した歴史書ではなく、当時の進行が記された信仰書であると理解されており「聖書の記述は史実では無い」という主張は欧米社会には存在せず史実性を議論する事はまったく無意味とされています。 



もし処女懐胎が否定されればマリアの純潔性は怪しいものとなりキリスト教社会全体に歪みを生じさせる事になります。 




天地創造も然りで神話に基づいて様々な制度が出来ているわけで(週を7日で7日目を日曜日等々)神話の否定は社会制度自体が無意味になり、強いては国家の成り立ちの否定に繋がります。 



したがって欧米社会では聖書に書かれた事はすべて事実性はともかく、「真実」であると見なされ聖書に書かれた事はすべて「真実」であることを前提に成立しています。 


日本書紀」においても全く同じ事が言えます。

 

大事なのは事実ではなくて「真実」で史実かどうかを論じることは無意味で、縄文・弥生時代を通じて日本人の世界観が成立し、各地で存在していた神々の神話が、大和朝廷が成立して成長を遂げる過程を体系的に纏められたものであり、我が国も欧米社会と同じように「日本書紀」「古事記」に書かれたことが「真実」である事を前提に国が形成され運用されています。 


日記で過去の私は象徴=お飾りと思っていました。 


日本国憲法は我が国の正史「日本書紀」の記述が真実である事を前提に条文が構成されています。 


どの国も自国の憲法の第一条には、その国にとって最も重要な事を書きます。 


日本国憲法の第一条は「天皇」から書き始められます。 



 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の在する日本国民の総意に基づく。 

天皇が日本国および日本国民統合の象徴である事は、ヤマト王権成立以来の天皇の普遍的なあり方を素直に表している。 



そしてそれが日本国民の総意に基づくということは、国民が皇室を二千年間守りづつけてきた事実を表現しています。 



したがって第一条は、けっして終戦後に確立された新しい天皇のあり方ではなく、古代から続く天皇の普遍的なあり方を明文化したものであり、記紀の思想を受け継ぐものに他ならない訳です。 



天皇が「日本国および日本国民統合の結果」の象徴という意味である事をあらためて知り、第一条に関してはこの先憲法改正が行われたとしても、生涯守り続けなければいけないものである事の認識を深めました。 



そして、やはりこれらの理解を教科書で深める事が必須です。 

長々と書きましたが・・・・伝わりましたでしょうか? 


要は史実ではなく真実が大事で第一代の存在ゆえ第百二十五代の存在があり日本の連綿と続く歴史があり国体がある。 


これは動かさざる真事という事ですね。 



旧皇族が語る天皇の日本史・竹田恒泰著より多分に引用いたしました。 


とても読みやすい本ですから是非お読み下さい。 



皇室の存在は中国や韓国含め中華主義の異民族同化吸収に対する防波堤 
http://kanryuudaisuki.ldblog.jp/archives/33683680.html

天皇に戦争責任はない
http://kanryuudaisuki.ldblog.jp/archives/33852306.html



  
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