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ナポレオンヒルを読んだ だめ男の日記

だめ男がナポレオンヒルの成功哲学を読みました。成長過程。ニート数年→ホワイト企業に就職。超オナ猿→オナ禁完全習慣化500日以上。大食い→一日一食。もっと減らせるけど周りが許さない。これからの目標。書籍化。不食。運動器具の商品化。信頼することも大事だけど信頼される人になるように自分を成長させていこう。辛いことがあっても環境のせい、誰かのせいにせず、試練と考え自分を成長させていくように。辛いに線が一本入れば幸せに。困難が有っても発想を変え乗り越えれば有難うに。その精神を基礎に自分を磨き感謝の日々を忘れないよう

環境のせいを肯定した時、あなたも残酷に染まる。2

環境のせいを肯定した時あなたは残酷になる

前回の続きになります。↓

http://ameblo.jp/ganbaredameomajide/entry-11873133684.html



窃盗の前科がある人の目の前に高価なものがあり、彼に充分な信頼を示しても盗みをしてしまった場合、こう擁護する人が出てくるはずです。






「目の前に盗みたくなるような環境があれば盗みたくなるものでしょう。彼は盗みの前科もあるし仕方ないじゃないですか。こんな実験をして責めるのは可愛そうです」







俺はこのようなことを言う人に声を大にしてこう言いたい。





「本当に可哀想なのは、信頼したのに高価なものを盗まれた人だろ!それだけでなく、その人を責め立てるお前が主をさらに可哀想にしてるだろ!被害者が誰かわかんねーのかお前は!」





ハンナアレント社会主義と人権思想がテロリズムの温床になることを見抜いた。弱者に対する同情、虐げられたものに対するあわれみが野蛮を生み出すメカニズムを明らかにした。







得の源泉と考えられていた憐みは、残酷さそのものよりも残酷になる能力を持っていることを証明している。と言ったのですが、俺はもう一つ気づいたことがあるのです。






弱者に対する哀れみを持った人こそ、無自覚の残酷を超えた残酷を持つ人になるのです。





彼らの多くは愛のせいで、私達と同じ感覚で被害者と加害者を見ていません。
俺からすれば被害者と加害者が逆転してるなんてザラにある。







逆転してるわかりやすい例は、女性を好き放題れい○するような人、人を刺すような狂ってる人が国からの支援で色々な恩恵が受けれるのに、実際に心や体に傷を負った人には支援の矢印はほとんど向かない。











実際に傷を負ってるのはどっちでしょう。この人達をもっと助けてあげてほしいと思うのですが、この思考になると悪い人は可愛そうな人、助けなければならない人になるので、本当の被害者にピントがあわなくなります。







なぜ、ここにテロリストの温床ができてしまう。身近で見ている彼らが取り締まる気持ち、悪を許さぬ気持ちがあれば温床はできません。






しかし、弱者に対する哀れみが、同情が、犯罪を止める力を失うだけでなく、反省の機会を壊し、味方になって彼らの土壌を潤してしまうのを証明する実験です。規模が変わればまさにテロリストの温床になるのです。




ここから続きます。






民主党平岡秀夫は被害者にこう言いました。



被害者の母  
「息子は少年法改正の前日に17歳と15歳の加害者に2時間あまりのむごい暴行を受け脳死状態になり、5日間意識不明が続きました。お医者様の判断で個室に移された日、私は枕元で「助けてあげられなくてごめんね」と話しかけると、息子は何も言わずにただ涙を流しました。交通事故に遭い、半身不随になり、壮絶なリハビリを受けてようやく歩けるようになった息子を、脳死状態になるまで殴り続けて殺したんです。」 



平岡秀夫 
「彼ら(加害者)にも犯罪を犯す事情があったんですよ」 



被害者の母 
「事情って・・・?」 



続きはこちら
http://kanryuudaisuki.ldblog.jp/archives/36737593.html






また、俺自身このようなやり取りをしたことがあります。



死刑は賛成です。





自称将来の判事Aさん 
死んだ人のことを考えてどうする。
死んだ人のことを考えても仕方ない。意味がない。私は今生きてる人に懸命に生きて欲しい。





殺されたことが問題なのだ。それを意味がないにしてどうする。そこにピントを合わせないと被害者が報われない。




Aさん
被害者は亡くなっていないのだ。今見るべきは事件を起こした人だ。この人を救うべきだ。








違う。被害者は亡くなった人。そして、それで悲しむ遺族達だ。遺族は生きていて厳罰を望んでいる。亡くなったことで苦しんでいる。救うべきは彼らだ。死刑を望まれるほど残酷なことをした人は救うべき人ではなく、罰せられるべき人だ。



また、このようなやりとりも。




Bさん
移民達が育った辛い環境を考えると、日本で
犯罪を起こすのも仕方ないと思うんです。彼らがこのようなことをするのは日本が悪いと思います日本の闇を見ました。







仕方ない犯罪などない。彼らは被害者ではない。本当に可哀想なのは彼らによって泣かされてる人、苦しめられる人ではないか。





仕方ないなんて感覚で犯罪をする人を援助しろというのか。彼らを援助したとしても、日本に馴染むとは限らないんですよ。
と言って移民関係の記事を見せる。






簡単に言えばこんな感じのを見せる。怖いものばかりが多いですね…と、感想がくる。しかし、最終的には俺が思ったものと全く違う感想がきてしまった。



多文化主義の失敗例 ドイツの学級崩壊 
http://www.youtube.com/watch?v=RxhIamUjBA0
ドイツ人狩りをする移民のギャング 
http://www.youtube.com/watch?v=k5cQzzZErY4
移民に再征服されるスペイン . 
http://www.youtube.com/watch?v=6U6qaUgodzk 

イギリスの現状 多文化主義・移民政策の結果 
~ロンドンの生粋イギリス人は45%~ 
http://www.youtube.com/watch?v=LIktb59I9Eo 
生粋のイギリス人は2066年までに少数派 2030年までに内戦の恐れも 
https://www.youtube.com/watch?v=HViVQaPLktA 

移民亡国スウェーデン 
http://www.youtube.com/watch?v=1ZI4ELsC4sc 
スウェ-デンの現状 移民政策の結果 
http://www.youtube.com/watch?v=Esmu0I4DyOM 
ようこそ現実のスウェーデンへ 
http://www.youtube.com/watch?v=6DD9Wsnrhxw 
スウェーデンのマスコミが隠すスウェーデンの真実(グロ注意) 
http://www.youtube.com/watch?v=ssi7guuAC4Y 

やがてベルギー人のいなくなる町 ベルギーの首都ブリュッセル 
http://www.youtube.com/watch?v=eXKSQ8lxwDU 





Bさん
私は人は変われると思っています。環境が人を変えるという信念があります。彼らが変わるまでグレーゾーンがあってもいいじゃないですか。






その直後くらいに絶縁になったので詳しくわからないが、Bさんの理論は恐らく






日本が彼らに良い環境を用意してあげないから、彼らが破壊的な衝動を強めるのだ。日本がもっと彼らを援助するべきだ。馴染むまでの犠牲は仕方ない。グレーゾーンはあっても良いと思います。





だと思うのですが、これ見て気付くことはないでしょうか。







犯罪をする彼らに恐怖するのではなく、犯罪をやめろと止めるでもなく、犯罪をする外国人を擁護し権利を与えようとしている。日本人の犠牲をグレーと割り切り犠牲ありきの考えになっている。






これって、テロリストとほぼ同じ思想になっているのではないですか。



わかりにくいかもしれないのでテロリスト側から言ってみます。





「外国から来た我々は日本での権利と豊かな暮らしが欲しい。我々が苦しむのは日本が悪いのだ。我々をもてなせば我々は暴れない。我々が豊かになるまでの犠牲は日本には目をつぶってもらう」




俺はこんなことを言う人が出てきたら、気が狂ってると思い恐怖します。しかし、形は違えどこれとほぼ同じセリフを言ってるのがBさんではないでしょうか。







そう、弱者に対する哀れみがテロリストの温床になるのをまさに証明しているのです。







そして、俺から見ればAさんもBさん自身も恐ろしいほどの残酷者になっているが、本人は愛に満ちた感情でコレを言ってるので絶対に気付かないのです。




このグレーと言った部分が既に俺から見れば黒すぎるほど黒いのもわからないのです。




義理人情のある組織のボスなら、何の罪もない一般人に組員が手を出したら烈火のごとく怒る。




目の前でそれが行われようとしているなら、組員の暴走を止めるだろうし、レイ○や暴行が我々にとってグレーだ。認めろなどと言うわけがない。




この思考はグレーを遥かに超えた黒すぎる「残酷を超えた残酷」を「善意で」宿している。



しかし、これはこの人独自の考えじゃない。環境のせいと信頼を重視した平和主義者が平和を壊す。彼らの思考は善人見殺し型悪人擁護慈善(自国民見殺し型他国民擁護慈善)に行きつく。これは世界中の慈善で行われている考え方だ。欧州などモロこれ。






だから、彼らは国内の弱者に支援が行く前に、傍若無人な外人に支援がいく構図にもなんら疑問をもたない。




彼らを支援し教育するのはどうやるの。日本語が通じない人にも日本の文化や基礎教育をしないといけない。それには莫大な労力と費用がかかる。国内の子育てで困ってる家庭は沢山あるよ。そっちも見てよと思ってしまう。


マザーテレサも疑問視してる日本の慈善
http://ameblo.jp/ganbaredameomajide/entry-11794469474.html





日本語が話せない人と一緒に仕事をしたりもする。簡単に犯罪をするモラルを身に着けた人と一緒に過ごし、仕事をする人の不安と負担は計り知れないのもわからない。





いや、わからないのではなく、犠牲があるかもしれないことはわかっている。だからグレーなんて言葉がでる。




そして、この仕組みは傍若無人な外国人を改善する仕組みで作られたつもりが、傍若無人な外人を呼び寄せる仕組みになってしまう。




世界中に貧しい国はどのくらいある。紛争地域は。これらを日本が引き入れれば国が正常でいれるわけがない。
だから我々には助けない残酷さも必要になる。なぜなら外国人を助ける前に身近な日本人を救わねばならないからだ。






だから俺は、安易に信じるな、環境を与えたとしても良い人になるとは限らないと声をあげるが、綺麗事の真逆を言う俺が信じられないし、敵視するようになっています。






しかし、残酷と気づかなくて当たり前なのです。気づかれたらダメなのです。





気づかずに、慈愛に満ちた気持ちで、清く正しく生きてる人の犠牲ありきで慈善を行い、人々を苦しめる人の味方をするのが今の日本の仕組みです。日本というか世界がそうですが、とりあえず日本メインで話しを続けます。








今の日本憲法GHQが法律の素人も含めた人達が10日もかけずに作ったものです。




日本はあまりに強すぎた。気高すぎた。道徳心も高すぎた。あらゆるものが白人社会から見れば規格外に優れていた。これをなんとかしなければならない。敵は弱体化させねばならない。





このまま本土決戦を行い、直接占領下に置けば国民総玉砕で突っ込んでくるかもしれない。そのため直接的な支配は避けた。彼らは勇敢な日本人を恐れた。









しかし、この国の驚異は取り除いておかねばならない。そこで考えられたのが今の憲法です。





今の憲法は、日本を永遠に非武装にしておくことを最大の目的としていた。





当初は自衛すら禁止するもので、攻められれば為すがまま。完全にアメリカの支配下でしか動けないものにする予定であった。







これはさすがにやりすぎだということで、自衛は認められるようになったが、非武装化が完全に成功してるところがあるのです。






そう、日本人の心です。





戦うという概念がなくなり、悪を悪だとわからなくなり、警戒の対象ではなく慈善の対象にすらしてしまう。(国の仕組みで慈善の中にとりこまれている)





被害者と加害者がまるで逆転してるかのようなことを言うようになる。





その根本にあるのが、人が悪になったのは環境のせいなので環境が悪い。あなたは悪くないだと俺は考えています。





実はこの手法はカルト教団が使う手法と同じです。





あなたが苦しんでるのはまわりが悪いのね。国が悪いのね。私はあなたを理解します。私たちの仲間になりましょう。





彼は反省の気持ちを持つよりも、自国や周囲に対して恨みを持つようになり、責任転換を強める。自国を攻撃する戦士の一員になっていく。





これと似たようなことをやっているのですから、敵と味方が逆転してもなんら不思議ではないのです。





今の日本の平和主義に染まるほど、敵と味方が逆転するので、お花畑は我々の言葉を聞かず、敵側の言葉や思想を信用するはずです。






9条信者はどうなっているでしょうか。日本を信用せず日本を責め、外国の心配をしてるのではないですか。






アメリカを正義の味方だと思い、日本が悪者だと思ってないですか。




犯罪をする外国人に犯罪やめろと言うのではなく、日本にもてなせと日本に牙をむくのではないですか。






仮に敵国がミサイルをぶっぱなして来たら、反撃するなとこちらを止め、無抵抗主義をうたうのではないですか。その犠牲になるのは敵ではなく私達ではないですか。







俺から見れば敵側を擁護し、身内側を攻撃する思想になっているのです。





そして、これらを平和のためと思って行うはずです。






しかし、この思想にはまった人は、これが平和の真逆に繋がることは注意したとしても聞かないし、気付かないのです。






気づかれたら弱体化できません。占領や洗脳は見えないほど良いのです。







では、この考えが平和に繋がっていない、残酷だと気付くのはいつでしょうか。






恐らくこの思想に染まりきった人は、自分が被害者になるか、身近な人が犠牲になるまで気づきません。






例をあげてみます。





東京で不法移民に集団暴○され、エイズになり、人生に絶望し、自殺を考えてる人に言ってみて下さい。






彼らの環境を考えると、こういったことが起きるのは仕方ないと思うんです。と







わかりにくいと思うので、自分の愛する恋人や母親、姉が同じ目にあった時に、同じセリフを言う人が目の前に現れたらどうでしょう。




残酷だと思いませんか。





また、身近な人が拷○のようなことをされ、なくなってしまった場合、なくなった人のことを考えても仕方ない。彼らにも事情がある。彼らも可哀想な人ですと言われたらどうでしょう。




俺ならその言葉で絶望します。




環境にピントがあってしまった人と俺では見るものも、かける言葉も何もかもが変わる。





俺なら「どんな事情があろうともそんなことをする人は許せない。辛かったでしょう」と本当の被害者側に向けて涙する。




世の中には許して良いものと絶対に許してはいけないものがある。これらの行いは環境のせいなどという言葉で済ませられるほど軽いものではなくグレーでもない。



レイ○などは精神の殺人ではないのか。エイズなら肉体的にも殺せる。




そして
犠牲になった人だけでなく関わった多くの人も、その後の人生の全てを絶望の中で過ごしてしまう可能性があるほど「ドス黒いもの」であり、同じような苦しみを誰かに与える可能性があるならそれを断固拒否しなければならないものである。




本人だけでなく娘や母親がそのようなことをされて絶望しない人はいないのだ。




この辛すぎる悲しみをグレーと割り切り「他者に」これらの痛みを受け入れろという薄情さと残酷さが彼らにはわからない。





わからないから、この思考にとらわれた人は、傍若無人な振る舞いをした人にたいし「満足な環境にいなかったからこんなことしたのね。可哀想」と被害者ではなく加害者に向けて涙する。





実際に苦しみ絶望してる側がわからないのだ。あなたが涙している人は欲望のままにレイ○をし「満足している側」で、襲われた人こそ真の弱者であり絶望の中で助けを求めていた人なのに。





彼らは犯罪をする可能性があると「わかっていても」移民を受け入れろと言う。その被害に合うのは罪なき一般人なのに、これでは改善するまでの生贄にされたのと変わらない。





悪の組織のトップは自ら手を下さず自分達が豊かになるため「グレーゾーンを見極めて」人々を苦しめることを許可する。



慈善者は自ら手を下さず相手が豊かになるため「グレーゾーンがあってもいい」と言い人々を苦しめることを許可する。



悪と愛は違うように見えても、思想と結果が完全イコールになってるのがわかるだろうか。




手を下さなくても残酷に染まる事はできるのだ。



潜在意識で「残酷の波長」が合う彼らは、テロリストを率いる側と同じ心理状態になり、彼らを喜んで助けるようになる。





純粋無垢な子供が時として大人以上に残酷なことを「生き物」にやってのけるように、純粋な彼らは罪悪感もなく「残酷を超えた残酷」を無自覚にその内に宿してしまう。





無自覚で善意だからこそ、その志しは変わらない。他の意見は敵の意見に聞こえ、彼らの強烈な味方になってしまう。









悪を理解しようとするからこそ悪の本質に近づける。しかし、今は徹底して悪を見ないようにするだけでなく「本来は善人だ」として悪人と見ることすら許されない。これでは本質にたどり着くわけがない。




悪を受け入れ見極めるのは平和を守るために非常に大事なことだが、悪を見ず、それを避ける仕組みになっているから色々な歪みが生まれてしまうのだ。





GHQは、悪なる行いをするのは恥ずかしいこと、なさけないこと、用心すべきもの、罰するものという日本の考えを、環境を考えると可哀想な人として、慈善の対象に取り入れた。





その結果、悪を見ることをやめ、環境にピントがあい、悪と戦う概念を無くし、お客様扱いするようにすらした。





とても平和に思えますが、悪と戦う概念を無くした、今のお花畑平和主義の行き着く先はこれです。


無抵抗のままなら敵が攻撃しない。人道的な扱いをしてくれるなんて幻想です。






まともな話し合いが通じる相手なら、そもそも国をとりにきません。そんな人達の上陸を許せばこうなります。






そして、無抵抗のまま死ぬ、身内を差し出す残酷さも写真を見れば一目瞭然です。しかし、今の日本の平和主義のままならコレにいきついてしまう。







子供を殺そうとしている敵兵を見て、彼らが今子供を殺そうとしてるのは、彼らが育った事情を考えれば仕方ないと言えますか。どちらが被害者ですか。







いや、子供は違います。犯罪のレベルも違いますと言うなら、犠牲になって良い人、行って良い犯罪を色分けしている残酷者になってないですか。







ハンナが言ったように弱者に対する哀れみは、人道的に見えてもその行き着く先には、とても残酷なものが待っています。それは日本も同じことです。







弱者に対する哀れみを持ってしまい、敵と味方がわからなくなるこの思想は




純粋で疑う事を知らない平和を願う良い人ほどハマってしまうものになっています。




日本の平和運動家などは最良のカモなのだ。そして平和運動家も喜んでそのカモになっている黄文雄)←まさにコレ。





残酷と書きましたが、慈善を行なう彼らは本当に良い人です。





また、このように慈善を行うように教育されてるはずなので、それを素直に実行しているだけのはずです。







真に残酷なのは、良い環境を用意し、信頼を示し、善意を尽くしてもなお改善しない相手側なのです。






相手が改善すれば残酷に行き着くわけがないのですが、人間の愚かさは時に我々の理解をこえます。






そういった狂ってる人を相手に、信頼とよい環境を与えても、彼らの多くは改善しないはずです。






変えるべきは環境ではなく心です。





心を変えるのに、良い環境を用意するのは必ずしも必須ではありません。むしろ俺は真逆の結果を生み出すとすら思っているのです。



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環境のせいを肯定した時、あなたも残酷に染まる。3


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