不食について。
空腹は食料の摂取量では決まらず、心の持ち方というか、魂のレベルで決まると感じるようになっています。
腹が減らない時の状態も明確にわかっていて、ひたいがムズムズし、ひたいが目のような感覚になる。
体が光になったような気持ちになる。
宇宙との一体感を感じ、愛に包まれる感覚になる。
この状態の時は腹が減りません。
体調は絶好調になり、呼吸が異様に長く深くなります。
しかし、俺の場合は食べた途端この感覚は消えます。
すぐに体調を悪くし、動けなくなります。
空腹ではなく習慣で食べる。タバコをやめたくてもやめれない状態と似ています。
ブログは最近書いてませんが、以前書いたように、自分の日記は今までにないくらい書いてます。
反省文も最近は同じ言葉が並びます。
もう食べるな。もう勘弁だ。何もいい事がない。
体調が悪くなる。眠くなる。集中力がなくなる。とにかくいい事がない。
今日も空腹もなく朝昼を過ごした。
とても体の調子が良い。光の感覚の時は今までに感じた事がない程調子が良くなる。
今日こそ晩飯を食わないで過ごせる。食べたいとは微塵も思わない。
いつも母には料理を作るなと言ってるのですが、今日は父と母の分の食事が並んでいました。
おお、珍しく俺の分を用意していない。
食べないなんてバカな事を言ってないで食え、と 問答無用で並べるスタイルが終わったのかと安堵。
食事風景を見ると食べたくなるかもしれないので席を外す。
食べ終わった頃に団欒の時を過ごそうかと、茶の間に行く。
ん?なんかオカズが手つかずで残ってる。。。。
これ 母のだよね?なんで残ってるの?と言うと、お前のために作ったから残してるんだとの事。
ああ、やっぱり理解してもらえてなかったのか。
そう思うと同時に、その気持ちはとてもありがたいと感じる。
ありがたく頂いたが、ご飯食べるのキツイ。もう食べたくない。
心の中で感じる更なる高みに行くには、不食は通過点でしかない。
太陽凝視をするようになり、自然と感じれるようになったメッセージ。人間の可能性。
それらを自分の体で証明するためには、やはり俗世間から離れないといけないと再確認。
今のまま世間を離れたら親が悲しむだけなので、財をなして 息子の金の心配はいらない。と 経済的に自立をした姿を見せた後、山にしばらくこもりたい。
金銭欲皆無だったが、それも克服して最近は金が欲しいと思っているし、もう貰ってる気になって感謝してるが、その金は俺にではなくまず親に渡したい.。
金を渡した後、俺は山にこもり、今より質素な暮らしをして自分を高めたい。