スポンサードリンク

元ニート不細工コミュ障だめ男が政治を語るブログ

日常記事は別ブログで書いています。ここは政治用にしました。

スポンサードリンク

憲法を改正したい人はどんな人間なのか

スポンサードリンク

この本では「自分1人では立っていられない依存心の強い人が憲法を変えようとしている」「歴史を後退させるような改正をしようとしている」
「戦争の悲惨さを知らないから武器を持つことに抵抗がなくなった。気分転換に改正しようとしている」
「政治献金を増やしたい政治家が、戦争ができる国にしようとしている」
と改正派がまるで軽薄で劣った人間であるかのような表現をしている。
一方、まだ未熟な学生に対して「あなたには権利がある。あなたは尊重される。あなたのために国がある。」と言い、自意識をくすぐり尊大な気分にさせている。



他、この本での主張は以下のようなものです。

「9条改正したら戦争になってしまう」
「国家が暴走する」
「憲法は権力者の行動に歯止めをかけるものであるから、権力者は憲法に不満を持つのは当然だ」
「法律は国民を縛り、憲法は権力を縛る。だから国民に憲法を守る義務はありません」
「他の国は何度も改正しているが、細かい条文を手直ししただけで、幹や根にあたる基本原則を変えたわけではない」
「明治憲法というと、国民を抑圧する前近代的な憲法だったと思い込んでいる人がいるが、それは誤解。100年前の明治憲法ですら、国民の権利を守る道具であることを、明確に自覚して制定された」
「日本国憲法の平和主義は、ある意味では壮大な実験のようなもの」
「軍隊があってもテロや拉致は防げない。だから軍隊を持っても意味がない」
「日本はスイスのようになるべき」
「国防軍をもったら日本はこうなってしまう。
「敵が増える。テロが増える。治安が悪化する。ディズニーランドで遊べなくなる。新幹線に乗れなくなる。平和産業はやりにくくなる。中国に進出が困難になる。人権が制限される。自由がなくなる。管理社会になる。弱者が差別されるようになる。外交力が低下する。すぐ軍事力に頼るようになる。米国追従がすすむ。アジアの信頼を失う。…」

…この本を読んだ学生は憲法を改正しようなどと思わないだろうし、靖国参拝に反対し、外国人参政権に賛成し、国家権力は敵であると思うようになる。
以下ひとつ一つ反論していく。

「憲法がその国にふさわしい内容になっているなら改正の必要はない。」

ふさわしいか、ふさわしくないかではなく、現実に即しているかどうかが大事である。
憲法には「世界諸国民は平和を愛していて公正と信義がある」というウソが書いてある。
世界に悪人はいない?だから武器を持つ必要はない?未来はそうなる? いや、ならないだろう。
未来永劫、憲法と世界が一致する事はない。 憲法は世界のありのままの現実と向かい合っていないのだ。
北朝鮮(金一族)は自分達こそに信義があり公正であると本気で思っている。 北朝鮮だけではなく、世界諸国家が各自そう思っている。誰もが「もしかして自分には信義も公正もないのではないか」と振り返ったりしない。
一国の強国が隣国を属国にすることが平和だと言う国もある。
つまり正義は国の数だけ存在するのだ。
この常識や現実とかけ離れた「空想世界の憲法」は立て直すべき。

 

 

 

スポンサードリンク  


「一国の憲法でありながら、全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを確認する、すばらしい憲法です」
「憲法は理想である。理想を実現する努力が足りない。改めるべきは私達の生き方」

日本人だけが努力しても、平和は実現しない。相手は武力を背景に日本に圧力をかけてくる。
戦争の惨禍は「政府の行為によって」起こるものと決めつけているからこそ、このような空想が出てくるのだろう。そこには現在の状況の様に「北朝鮮の行為によって」又は「中共の行為によって」再び戦争の惨禍が起こることが全く想定されていない。
もし金正恩に、日本は平和憲法を持っているので攻撃しないでくれと言ったら通用するのか?

「近隣諸国との信頼関係を築かずに国民の生命と財産を守れるはずがない」

何を根拠にそう言ってるのですか? 相手を信用して国を守れた例があったら教えてほしい。
信じれば守れるという訳ではないし、愛してあげれば愛してもらえるとは限らないだろう。

「相手の国ではなく、そこに住む国民の公正と信義を信頼する」

伊藤は国を民にすり替えて誤摩化している。
個人的には良い人もいるだろうが、その良い人が国を動かしているとは限らない。
中共や北朝鮮が「平和を愛し公正と信義を重んじる」とは、到底思えないし、金正日や江沢民が平和を愛する公正かつ信義のある人物には見えない。
そもそも国際社会で信頼関係を築けると思ってるのが間違い。
国際社会では協調姿勢をとれば増長され、弱みを見せようものなら付け込まれる。 策略と騙し合い。
弱ければ襲い、強ければ引く。正邪はなく生存と征服あるのみ。
歴史がそう証明しているではないか。

「誰が何のために改正したがっているのかを考えなければなりません」

国民が自分を守るために改正するのだ。国民を危険のままにするような役に立たない憲法は変えるべき。

「憲法は国民を守るもの」

日本は9条とその信者のせいで国を守れていない。竹島を奪われても国民を拉致されても取り返せない。
戦争をするために変えるんじゃなくて、戦争にならないために変える。
9条を守って国が滅んだら、本末転倒ではないか。

「憲法に違反した法律には効力がありません」

その憲法が根本的に間違っている。

「内心の自由があるのだから、国による愛国心や歴史認識の押しつけはよくない」

そもそも教育とは洗脳である。

「 ”憲法は押しつけ”と感じたのは旧体制の権力者。感情論。」

敗戦後の日本は、滅亡するかしないかの非常下にあった。
米国側資料に、米国が「もし日本がこのGHQが作成した憲法を受け入れなければ、天皇は戦犯として処刑され、おまえら政治家も権力の座に残れないぞ」と猛烈に脅しているシーンが書かれている。

「解放されたと感じた人もいた」

共産主義者なら解放されたと感じたでしょうよ。
憲法は共産主義者の作文ですから。

「国民の平和を願う強い意志があった」

憲法制定当時の真相は教科書からは封殺されているが、
当時の日本政府は松本国務相が「共産主義者の作文」と呼んだこの憲法を何とか少しはましなものにしようと涙ぐましい努力と重ね、日本側からも改正試案を提示している。
しかしGHQ民政局ケーディス次長はこの日本政府案を一蹴し、
「GHQ案をそのまま受諾するか否か、48時間以内に返答せよ」と怒号し、天皇がどうなってもよいのかというニュアンスを暗に突きつけて脅かした。
幣原首相は「煮え湯を飲むような気持ち」と語り、受諾可否を決める閣議において「かような憲法草案を受諾することは極めて重大な責任である。
おそらく子々孫々に至るまでの責任であろうと思う」と
苦渋に満ちた表情で述べ、当時の閣僚そして議員のほぼ全員が屈辱で身を震わせていたのである。
この受諾状況の一体どこが「国民の願い」だの「市民の手でつくられた」だのといった真っ赤な嘘とつながるのだろうか。

「旧体制によって戦争に駆り立てられた」

マスコミが煽り、国民が支持した。その空気に押されて戦争になったのが事実。