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元ニート不細工コミュ障だめ男が政治を語るブログ

日常記事は別ブログで書いています。ここは政治用にしました。

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日本は2673年前に建国されたのに、学校では、戦前はすべて悪とされ切り捨てられている。

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先日読んだ「女子と愛国」の中で、自衛官が武器について語る印象的なシーンがあります。

p232~
「確かに、凶器は包丁など普段は料理などに使うものだが、武器は戦うためにしか存在していない。その通りだね」頷いた後教官は、初めて手の動きをぴたっと止めて言った。
「だが凶器で人の命を救うことはできないけれども、武器で国民の命を護ることはできる。自衛官はそういった気持ちで武器を扱わなければいけない」
武器には確かに大きな殺傷能力がある。だがそれは人を殺すためのものではない。その武器の後ろにいる、大勢の人々を護るために存在しているのだ、と教官は言った。
武器と凶器の違いなんて考えたこともなかった。でも自衛隊にあるものは、護るためのものだ。この話を女子部屋で伝えると、他の女子予備自衛官たちが言った。
「本当ね。確かに銃を持つと自分が何かを護る大きな楯になったように思う」
「普段は銃は楯ではなくて矛の役目のはずなのに、不思議」
「後ろにいる多くの日本人を護る壁になった気持ちになるよね」

 

 

 

正直ぜんぜん期待してなかったのだが感動した。それぞれの体験談に怒りや涙なしでは読めなかった。

「日本に誇りをもつ」と言うと、良くない傾向のように語られることが多い。本来自分の国を愛するのは自然な感情なはず。
ところがネットで愛国的な発言をすると「ネトウヨ」と嘲笑される風潮がある。
デモなどの政治活動に参加すると、変な中国人にあとをつけられたり、友だちに距離を置かれたりという苦労もある。
メディアもレッテル貼りをしたがり、「ストレス発散のために活動している」という方向で理解しようとする。
今までは一方的な、マスコミの偏った報道しか目に触れることがなかった。ネットの登場で、誰もが均等に情報を受けとったり発信することが可能になった。
これは日本を愛する普通の人と、偏向報道をする反日マスコミとの、情報戦なのだ。

街頭で拉致被害者のための著名をお願いしていると、「北朝鮮を刺激することになる」「どうせ取り戻せない」「どこの国とも仲良くしなければならない」「どこからお金をもらってやってるの?」と批判されたという。
一体どうして日本人はこのような思考回路になってしまったのか。
GHQは日本が二度と戦う意思を持たなくするために、日本軍を解体するだけでなく「反省させて贖罪意識をもたせる」というやり方をとった。
だから戦後生まれの私達は「日本が悪かった」という教育を受けさせられた。
具体的には、
沖縄戦で日本兵が赤ちゃんを殺したなど、日本人の行ったとされる残虐な話を聞かせ、君が代日の丸を否定し、憲法九条を暗記させる授業をする。
「むかし日本は軍国主義で外国を苦しめた。君が代は天皇陛下のために国民が命を投げ出す世の中が千代に八千代に続きますように、という歌詞。こんな歌、普通は歌わないよね」「憲法九条を改正したら戦争になる。それでも9条を改正したい人は手を挙げて」「自衛官は憲法九条に違反していて平和を壊す」「靖国神社は戦争加害者のことを祀っている神社」「原爆は日本が侵略をした報い」「拉致問題が起こったのは、日本が北朝鮮に悪いことをしたんだから仕方がないんだ」…などなど。
おかげで「日本兵は中国の女性に乱暴し男性を殺したと学校で習った。中国に戦争に行った経験のある祖父の顔を見れなくなってしまった」
「ワールドカップでは韓国を応援したい。日本は韓国に植民地支配などで苦しめたから」と言う若者ができた。
戦前の教育は否定され、建国の経緯についても教えなくなった。
歴史家のアーノルドトインビーは神話を教えなくなった民族は100年で滅びると言っている。
日本は2673年前に建国されたのに、学校では、戦前はすべて悪とされ切り捨てられている。これでは自国に誇りを持つことができない。
靖国の遊就館に行けば元日本兵の遺書が展示されている。そこには国のために家族のために戦うと遺書に書いてある。
「侵略ではなくアジアを解放するために戦った?」ならあの学校の授業は何だったのか?
日本は台湾を植民地支配し悪いことをしたと習ったのに、その時代を知る台湾人が感謝の言葉をのべる。「我々は日本人に祖先を敬う心や思いやりの精神を学んだ」と。  

 

 

 

 

 

佐波さんが歴史と真実の違いを知るきっかけが興味深い。
学校教育で「日本兵士は虐殺の犯人」と教えられてきたのに、その加害青年が遺書を書いていたことを知りビックリしたそうだ。
その遺書には「これから生まれてくる子どもや孫のために死んでいきます」と書いてあった。
生き残った元兵士に会うと、彼らはとても穏やかで優しく接してくれたが、佐波さんは怖いと思い込み避けてしまった。
犯罪者と仲良くすることは罪であることのように思えたからだそうだ。
だが彼らが「弾がほおをかすめた時に、自分の後ろに両親や故郷の祖父母がいることを実感した。ここで敵を食い止めなければいつかこの人達に弾が当たることになる。ならば自分がみんなを護るために喜んで楯になろうと思った」と語ったことを聞いて、
「日本人はアジアの人々を殺しに行ったのではない。私たちを護るために行ったのだ」と佐波さんは理解することができた。
彼女はその後も元戦地で日本兵の遺骨収集を続ける。そこには学校で習った戦地の様子「アジアで酷いことを行った虐殺の犯人」はどこにもいなかった…。
佐波さんは自衛隊の予備兵でもある。そこでニート青年の変化を見る。自衛官と接することで、自衛官だけでなく親にも感謝の気持ちがわくようになったそうだ。

自衛官の「凶器で人命は救えないけど、武器は救うことができる」という言葉に同意する。
愛する人のために戦うことを否定するような風潮を正さなければならない。
そのために、多くの人達に本当の歴史を知ってほしいと強く望む!

 

 

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