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ナポレオンヒル 成功哲学をニートだめ男が試した結果…

元ニートだめ男が自己実現のために始めたブログ。ナポレオンヒルプログラムや成功哲学で実際に人生が変わるのか。実際に試したら人生が変わっていき誰かのためにと思いブログを再開。ニートから超ホワイト企業に就職。オナ猿からオナ禁1000日達成。超大食いから一日一食達成で数年→さらに超小食、不食目指し中。日本や世界に興味を持ってもらいたいので政治や時事がメインになっていますが日常も近々アップしていきます。ブログ内で紹介している商品リンクはAmazonや楽天のリンク先になっております。

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身内が虐殺されても「死刑廃止」と主張できますか

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被害者遺族になってもまだ「死刑廃止」と言えるなら筋が通っている。 

岡村勲という元人権派弁護士で死刑廃止論者がいました。 
逆恨みした男に奥様を殺されて、立場が全く逆転されたそうです。 
つべこべ机上の空論を振りかざさず「感じろ」という事だと思いますね。 

チューリップチューリップチューリップチューリップチューリップチューリップチューリップチューリップチューリップ 

とある死刑反対派の意見を聞いてみましょう。 

人影「同胞であろうと、家族であろうと、 
殺されたら泣きますが、 殺した相手も抱きしめたい。 
それだけです。 
あったことのない何処かの国の人殺しも、 僕の家族も、命の価値はまったく一緒です。 殺されても殺さない。それだけです。」 

人影「死ぬために生まれたの本意。 
人間に於いて、唯一平等に訪れるのは死です。 
正しく生きると言うことは、正しく死ぬと言うことです。 
正しく死ぬと言うことは、 
自分の命のために、誰かの命を奪わないということです。 
相手が間違った方法をとった時、 間違った方法で対抗しないということです。 
人の命を粗末にする人のいのちをも、 こちらは粗末にしないということです」 

人影「殺人は人個人が行うということです。 
人の中にある憎悪やら、ねたみやら、 
奇麗事じゃなく、人は生まれながらに罪人なのです。 
でも、戦争や死刑はシステムです。 
殺す瞬間に殺意さえあるとは限りません。 
死刑執行の瞬間、 もしかしたら遺族にさえ殺意がなくなってたら、 
誰も殺したくない殺人が行われるということです。 
僕はそんな殺され方はいやです。 
ちゃんと、僕を殺したくて(僕に特定しなくても)、憎くて憎くて我慢ならない。 そんな人の役に立って死にたいってだけです。」 

人影「ちゃんと死にたいってことです。 
国などという、必要のないものに殺されるんじゃなく、 
人間と言う、己と同じ、 
悪意と罪の塊の手で、しっかりと殺される方がいいということです。 
これは僕の死生観や宗教観の問題なので、 
理解してもらおうとは思わないし、無理だと思います。 
戦争、死刑は憎みますが、 
戦争の当事者や、死刑執行者や、死刑執行命令者を、 
憎みも裁きも罰しも、もうとうするつもりもありません。 
僕はヒトラーも、麻原も、別に裁きたくないです。」 

チューリップチューリップチューリップチューリップチューリップチューリップチューリップチューリップチューリップ 

冷や汗上の人はかなり極端かもしれない。 
なんせ人類の絶滅を肯定しているから。 

あと、日本中が「殺せ!死刑だ!」と叫ぶ様子を人間の醜い姿だと感じて顔をしかめる人もいるようです。 
そして身内が被害者になろうとも「憎んだりせずに相手を赦す」ことが人間のあるべき理想の姿なんだと考えるそうです。 
身内が被害者になった時にその理想を実現できる人は立派だと思います。 
でも、周囲の人間や法律が、犯罪被害者にそんな崇高な理想を押し付けるのは酷ではないでしょうか? 
人が人を憎んだり赦せなかったり矛盾を抱えたりするのも、一般的な現実の人間の姿だと思います。 
そういう人間らしい感情を「あってはならないこと」と否定して、あるべき被害者像を押し付ける。 
その上、理想に合わせて現実の法律まで曲げてしまいたくなる。 
だから死刑廃止にしたいと。報復も否定すると。 

法律が加害者に「仕返し」をしてくれないんだったら、被害者家族は自分で報復しようとするでしょうよ。 
それが感情を持った普通の人間ですよ。多くの現実にいる人間の感覚に合わせて法律を考えてもらいたいもんです。 
特殊で崇高な人間に合わせてもらっては困る。 

わーい(嬉しい顔)ここで、あの有名な人権弁護士の話を聞いてみましょう。 
パソコン【安田好弘】【名古屋アベック殺人】無期刑になった元少年 
http://www.youtube.com/watch?v=K6rsRBD7Y7g&feature=related 
こんな稀な例をあげて、綺麗事を語ってますが、 
彼にとっては死刑廃止こそが社会正義。 
彼らの目的は社会から犯罪を無くすことでもなく、犯罪者を更正させることでもなく、死刑廃止を通して「反国家」の姿勢を貫くことにあります。 
そこには社会正義も真実の追求も良心もありません。 
人権派弁護士は「心神喪失」を意図的に拡大解釈して殺人などの凶悪犯罪の犯罪者を弁護し、無罪判決あるいは刑の軽減を勝ち取ろうとします。 
自らの特殊な社会正義のために、詭弁を弄する人なのです。 

あと、死刑による犯罪抑止効果が立証できないから反対!  
という意見もありました。 
私は死をもってしか償えない罪もあると思うので、死刑制度には賛成です。 

「なぜ人を殺してはいけないか」の質問の答えの一つに、 
「自分がされてイヤなことは人にしちゃいけないからだよ」というのがありますが、 
それでは答えとして足りない気がします。 
あの土浦の通り魔のように、死にたい人間は人を殺してもいいということになるからです。 
世の中には、理由があるからダメなことと、何が何でもダメなことがあって、殺人は後者だと思います。 
議論にのせてしまうと言葉の屁理屈で肯定することができるから、議論の余地もないぐらいダメなのです。 
殺人はいけないことと自然に感じる心を持つことは、人間が人として社会で生きるために必要なのです。 
何か一つ理由を上げるとすれば 
「人殺しを肯定しちゃうと人類が絶滅する恐れがあるからダメ」でしょうか。 
…これも屁理屈で引っくり返されちゃうかな。 
「俺以外みんな死ね」と思う人間がいるかも。 
「人は一人では生きていけないんだよ。現代は分業で支え合って社会は成り立っているんだよ」って諭しても、 
「社会の助けも何もいらない。食い物も自分で収穫するし、服も手作りだ」 
って自慢されたりして…。